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Interview | 070限目「サカイスト」学

東京から福岡へ芸歴20年目にして決断した兄弟漫才コンビに仕事との付き合い方を聞いてみた

更新日:2018年9月21日

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Lecture

サカイスト sakaisuto

弟のマサヨシが1996年、「今いくよ・くるよ」に弟子入り、
兄のデンぺーを相方に誘い1998年にコンビ結成、芸歴20年目を迎える。
テレビやラジオをメインに活動中。
2017年11月、吉本興業東京本社から福岡吉本への完全移籍という大きな決断をする。
20周年を記念して現在九州ツアー中。
9月に天神にできた「よしもと天神ビブレホール」では定期的にライブをやっている。

※デンぺー/酒井伝兵(兄)、マサヨシ/酒井将芳(弟) 以下 デ、マ(敬称略)で表示

関連URL:https://profile.yoshimoto.co.jp/talent/detail?id=467

 

そんなに迷わなかった

―相方の誘いに乗ったデンぺーさんは当時専門学校生。迷いは?

デ:きっかけのタイミングで弟とのタイムロスはあっても、そんなには迷わなかったですね。
  ずっと「モテたくてお金持ちになりたい」「人気者になりたい」ていうのは小さいころから
  あったんです。「アイドルになりたいな」ってずっと思ってたんで。
  でも、なれないなって年をとっていくと気づいてきて…

マ:年だけやないと思うけどな!  

デ:小学校ぐらいじゃ地元ではアイドルみたいなものだったんだよ!(笑)
  お笑いには興味はなかったんですけど弟に言われてみたときに、
  こういうアイドルの成り方もあるんだ!
  この道もいいなって二十歳の時の僕は思ったんじゃないですかね。

  本人の小さい頃からの宣言もあってか16歳での弟子入りに周囲の驚きはそれほどなかったそう。
  ―自分のしたいことと環境の間で将来を悩む大学生もいたりします。

デ:若いころはの親の自営業を継ぐとか逆に道決まってて羨ましいなって思ってましたね。
  その分余裕もあると思いますし。すし屋の子だったら「こいつ将来すし屋になるんだな」
  とかもう見えてるじゃないですか。

マ:僕はきっとそこまで行ったから却って悩むんだろうなーと思います。
  大学とか行って、視野が広がったり、やりたいことや自分の長所、短所が分かってきたり。
  とことん悩んでいいと思います。
  悩んでいることがあったら、その背中を押すことはできても結局本人が踏ん張れるか
  どうかなんですよね。飛行機みたいなものなんです。
  滑走路来て走り始めて、ぎりぎりになったら飛び立たなきゃいけないんだから、
  どこで自分が飛び立つのかを自分で決めておけばいいんじゃないですかね。

―芸人になってから。2人の軸となったものは?

デ:やっぱり「師匠みたいな漫才師になりたい!」ていうのはずっとありますね。
  お客さんに嫌な思いをさせない漫才をしたいです。
 「あの2人仲良かったね、言葉遣い悪くてもお兄ちゃん最後笑ってたな」て
  見終わったあとほっこりするような漫才の空間を作れたらいいなっと思って出てますね。

マ:やっぱり僕たちって365日エンターテイナーてことですかねぇ。
  取材とか普通の日常の会話とかでも、ずっとお笑いの電波立てとかないと
  お笑いの力なくなっちゃう、ていうか。癖付けですね。
  これはここ最近思ったことなんですけど(笑)これを思うきっかけになったのが
  ダウンタウンの浜田さんと行った北海道のロケなんですけど、車の中でも
  ごはん食べた後呑んだりとかそんな時にもずっとあの皆の思う浜ちゃんのままなんですよ。
 「そこ突っ込めたやろ!」とか言うし。浜田さんは常に笑いの電波が立っていたんです。
 「一緒に仕事させて頂く以上は自分もこうじゃないといけないな」て思いましたね。

デ:ドアを開けた瞬間から「サカイストのデンぺー」じゃなきゃ成り立たない世界なんです。
  酒井伝平がそのまま街歩いてちゃいけない。だから僕、結婚したとき
 「酒井伝平は結婚したけど、サカイストデンぺーは皆のものですよ」
  ってファンの方々に言ったんですよ。

マ:アイドルじゃねぇんだからよ(笑)

「ガソリン」であり「遊ぶためのふり」

―好きなことを仕事にしているお2人にとって「働く」とは?

デ:かっこつけて言いますけど「ガソリン」ですね。
  給油してないと走れないし、いい車になれない。
  僕は酒井伝平であんまりいたくないんですよ。
  なんなら24時間365日働きたい。
  75歳超えたらそっからいつでも休めんじゃん、今しかないって。

マ:僕にとっては「遊ぶためのふり」ですかね。
  仕事頑張ったあとはビールはすごく美味しいし、
  皆で遊んだりが楽しくなるじゃないですか。
  お兄ちゃんみたいな性格もいいと思うんですけどガス抜きも必要で、
  その遊びの部分を楽しくするために頑張るんだなって感じですね。

―福岡に来るという大きな決断をしたその裏側は?

マ:東京にいらっしゃる前からお世話になってた、今やNHKの朝の顔、japanese face…

デ:日本の顔ね(笑)

マ:でおなじみ華丸大吉さんに
 「お前たち俺の頑張った福岡でやってみないか」て言ってをもらったんです。
  そのときすぐ「分かりました、行きます」て言っちゃったんですよ。
  僕の吉本入りで大阪行くっていう点がいくよ・くるよへの弟子入りっていう
  線につながったように、今回もそういうことなんだろうなと思って。

デ:「すぐ答え出せないからちょっと考えさせてくれ」て言ったんです。
  そこから新婚だったり時期的に忙しくなったっりで遠ざかってたんですけど、
  またその話出てきて考え始めるとやっぱりびびっちゃう自分がいて。

 「これが30代だったらいけたな」そのとき決心がついたのは華丸さんに言われた言葉でした。
 「お笑い芸人はいっぱい上京してきてる。お前たちは育ちは東京、デビューも東京、
  で上京の気分になったことはないだろ。福岡を都と思ってくれないか。

  その気持ちでお前らが行ったときどうなるか見てみたい」て
  言われてすごく少年心をくすぐられたんです。

  東京ではばんばんすごい若手が入って来る中で鮮度保つのが勝負だったんですけど、
  逆に自分たちが福岡に飛んでいく弾になろうって気持ちになったんです。
  弟が2つ返事ではい、て答えた重さも月日が経つと思いますね。
  結婚して子供もいて、ていう相方がいてそれでもはい、
  て言えちゃうのは相当覚悟がないと言えないことだな、と。

マ:ごめーん!そこまで考えてなかったごめーん!(笑)

―福岡に来てみて、どうでしたか?

デ:東京でやってたことが決して正解じゃなかったんだな、とは思いましたね。
  若い頃とか真っすぐこれだ、てとこしか見えなかったりするんですけど、
  1歩進んだ後に立ち止まったり横を見てみたりすると違うものが見えたりする。
  福岡に来て正解かは分からないけれど、変わらない東京の景色と
  新しい福岡の景色なら人生の経験値としてこっちの方がよかったなって思っています。

夢は見るものではなく叶えるものだ

―新しい1歩踏み出せない学生に声をかけるなら?

デ:「1歩目は皆怖いけど、後から振り返って後悔するならいっそ俺ここで終わっていい!
  て気持ちでフルスイングすればいいんじゃないかな」と思います。
  よく先輩に言われたのが、「どんなにすべろうと明日に皆忘れてるんだ、
  お前がうけようがすべろうがその人の人生には関係ないんだ」て言葉。それを聞いて、
  なるほどな、人の目を気にするから出来なくなるんだ、
  自分の人生だから自分が後悔しない方がいいな、て1歩踏み出すようになりましたね。

マ:色んな言い方があるし、どこにどう響くか分からないんですけど、
  今の自分がそのままでいいんならいいんじゃん?て感じですかね。

  いずれ自分で1歩踏み出さなきゃいけないときが来るから、
  1歩と言わず半歩でいいんじゃん?てくらいです。

  ちょっとやってみて違うなと思ったら引くことは出来るんだから、
  半歩やってみて、また半歩やってみてくらいの心意気でやって
  焦ることはないんじゃないかなぁ。

  だって、40にしてまったく知らない福岡に来て
  嫁子供置いて漫才するっていううちのお兄ちゃんみたいな人もいる訳だし、
  それで西中洲に女作って…。

デ:いねーよ!(笑)そういう牙はもう成田空港で抜いてきたんだよ!

マ:抜歯ね(笑)

070限目「サカイスト」学
Presented by 今学びたい100人の学問

 

編集後記

記事には入りきりませんでしたが、インタビュー中も次々繰り出されるハイテンポのボケと突っ込みに笑いっぱなしの取材となりました(笑)。本当に、仕事が日々の日常の中に当たり前にある近いものになっているんだな、と感じました。
サカイストさん、お忙しい中ありがとうございました!

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