今学びたい100人の学問

Interview | 066限目「浅井稜平」学

絶対にあきらめない不屈の精神をLGBTの実業家に学んでみた

更新日:2017年11月6日

この記事をシェアする

Lecture

浅井稜平 Ryohei Asai

MODENA easy order suit代表
~自分探しの答えは死んだとき。失敗しないとわからない。~

1984年生まれ。 福岡県福岡市在住、長崎県出身。
MODENA easy order suit代表。発達障害、性同一性障害を抱え、厳しい家庭環境のなかで幼少期を過ごした。高校卒業後、水商売で生計を立て、体は女性だが心は男性という葛藤の中で生きる。その後、24歳のころタイのバンコクにて性転換手術を行い、女性から男性になる。数々の苦境に立たされても、あきらめずに切り抜け、タイでさまざまなビジネスを行ってきた。現在は、同じく経営者であるパートナーと暮らしている。

関連URL:http://www.modena-jp.com/

 

女性から男性へ

―男性として生きるまでの経歴を教えてください。また、男性になってみてどうでしたか?

 子供のころは、発達障害があったので落ち着きのない子供でした。10代のころはサッカー選手になるのが夢でしたが、両親のケンカが絶えず、家に居たくないという状況が続いたのであきらめるしかありませんでした。幼少期から髪が長いのが嫌だったみたいで、そのころには自分が女であることに違和感を持っていたんだと思います。高校時代の友達に初めて性の悩みを打ち明けて、高校を卒業してから自分と同じような人が集まるところで働いて、性転換手術のお金を貯めました。
 それから、24歳でタイに行ってmixiやアメブロを使って、性転換手術のリアルを発信してました。晴れて”男”になれて、すっごい楽でした。自分の本当の姿を表に出すことが怖くなくなりました。でも、力がどうしても弱いのとトイレがどっちに入るかという苦労もあります。
 ですが、自分はポジティブなほうだったので、自分が性転換した事実をバンバンおもてに出して得をしてます(笑)自分のことを覚えてもらえるし、それが仕事につながることもありました。

―タイでの暮らしを教えてください。

 25歳のころ、タイに20万円だけ持って行って、タイでの性転換手術の仲介とその様子をネット配信して生計を立てていました。ある日、タイ人と日本人がケンカしちゃって、タイで一人ぼっちになってしまって……。日本に帰りたいけどお金がない!って状態だったので、性同一性障害の女性が着る、胸をおさえるためのシャツをタイからネット通販で売って、日本に帰るためのチケット代を稼いでました。これが僕のビジネスのスタート。
 しかし、アベノミクスの為替の影響で日本円の価値が下がってきて焦り始めました。そのころ、家族のように親切にしてくれるおばさんと共同経営というかたちで、タイで古式マッサージ店を開きました。でも、ある日いつも通りお店に行ったら、店の家具が一切ない!売り上げもなくなってる!どうやら、親切だったおばさんがすべて持って逃げて行ってしまって、途方にくれたけど、そのあと始めたアパレルがどうにか成功して、なんとか生きてました(笑)

ー現在は何をされていますか?

 今はMODENAというオーダーメイドのスーツ店を経営しています。タイでは、物を作る、人を雇う、医療的な仕事をする、それぞれに付きまとってくるリスクがあって。僕にはビジネスの知識はなかったので、リスクの少ないビジネスをするために日本を拠点にしてお店を開きました。
 そのほかにも、アパレルの開業の仕方をを教えていたり、パートナーのエステ店のお手伝いをしたりしています。

絶対にあきらめない

―浅井さんの原動力や自信ってなんですか?

 たくさん勉強したことと、あきらめない、負けたくないという気持ちですね。あとは、これを乗り越えたら必ず成功する!みたいな勘違いです(笑) 
 自分は寂しがり屋で、褒められたい!っていう承認欲求があったので、自分のつらかったことを世に出して、いろんな人が喜んでくれる、感動してくれることがうれしいです。そのためにもがんばっています!

ー失敗すること、もちろんありますよね?そういう時、どうしますか?

 失敗だらけ!僕は発達障害なのでケアレスミスも多い。でも、失敗はしなきゃダメですよ。若いうちに失敗しないとダメ!
 つらい時ももちろんたくさんあるけれど、妄想をしてごまかします(笑)新しい仕事を作るのが好きなので、こんな仕事ができたら楽しいかなあみたいなのを妄想します。あとは、旅ですね!海外旅行が好きなので、それは続けています。

若者たちへ

―読者へ向けて言葉をお願いします

 自分のことがわからなくて悩む人は多いですが、自分なんてわからなくていいです。死ぬ時に、ああ僕の人生はこうだったんだとわかるはずです。自分が「できない」と思い込んでいるだけで、できていないこともあります。自分なんて、どんどん変わっていくものなんだから、わかりません。

-インタビューを受けてみて、どうでした?

 これから社会に出ていく若い子の気持ちがわかりました。僕は社会に出ることに不安なんてなくて、むしろ自由になったという認識のほうが強かった。
 もし、自分の将来が気になるなら、自分と同じことをしている先輩の姿を見ればいいです。自分の十年後の姿は、自分の十歳年上の先輩の姿です。そんな今の大人たちが、居酒屋で愚痴を吐いたりせずに、キラキラしていたら、若い子も将来は明るいと感じることができる。就活がだめでも、自分のわくわくすることを探していけばいいです。それに皆さんは自分の遺伝子を受け継いだ子供が持てるんですから。こんなにわくわくすること、ほかにないですよ!

066限目「浅井稜平」学
Presented by 今学びたい100人の学問

 

編集後記

 僕が高校生のころ、学校に講演をしに来てくれた浅井さん。やっと、お会いすることができ、たくさんお話をお伺いしました。ご自身のつらい境遇に負けず、それを力にして活躍している浅井さんの姿はとてもキラキラしていました!僕もキラキラした大人になります!ありがとうございました!

2017/7/12
九州産業大学 仲道素生

この記事をシェアする

関連記事はコチラ

008限目「瀬藤亮太」学

みなさんが大学で“今やっていること”は、“大学に入った時にやりたかったこと”ですか? 「僕が経済学部の間で、一番興味があったのは“経営”の分野でした。しかし、大学では経済学部経済“...

2015/05/12

050限目「七條芙美」学

長崎県という、海が目の前に広がる土地で生まれ育ち、幼いころから海外に憧れていた。高校時代に長期留学を経験し、大学では長期休みを活用して海外旅行を10カ国ほど経験。卒業後は日本語学校の教師...

2016/12/25

052限目「兼元千枝子」学

兼元千枝子 Kanemoto Chieko 1980年生まれ。長崎県出身。36歳。 「陽転コミュニケーション」 扉を開ければ壁には無数のまねき猫と鮮やかなネオン。席にはなぜかシシ...

2017/01/16