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Interview | 053限目「西野旅峰」学

自転車で世界一周中の男

更新日:2017年1月23日

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Lecture

西野旅峰 Ryoo Nishino

〜光を灯し、風を造れ〜

1982年生まれ 山口県出身

19歳のとき自転車で九州一周。翌年には本州を横断。そして、25歳のときに北南米縦断出発、29歳でヨーロッパ、アフリカ大陸縦断に出発、2015年帰国。最終ステージはアジア、オセアニア。現在は旅に一区切りをつけ次なる夢に向けて準備を整えている。

今回インタビューさせていただいたのは、世界各国を自転車で旅していてなおかつ厳しい環境で旅をする、西野旅峰さん。
なぜ、あえて厳しい環境下で旅を続けているのか。また、どのような経験をしてきたのかを伺いたいと思います。

 

自分の小ささを実感した

―自転車での世界一周!!どうして旅に関心を?

家にね、テレビがなかったんです。でも父が旅好きで、小さいころから山登りなどの写真や、世界に関する本がたくさん家にあって、そういうのを見て『世界はすごいなぁ』と思っていました。ただ、当時は臆病だったので一人で旅をするなんて考えられませんでした。だけど、あるタイミングでスイッチが入ったんです!

小学生のとき、いじめを受けまして……。

『マジョリティーの中にいては観えないものがあるんだな』って気付いたんです。このことから、土台に旅や旅人への憧れがあったことと、いままで怖くてずっと挑戦することから逃げ続けてきた自分に対する負い目、危機感を感じたので“旅”というジャンルで自分らしさをつくっていきました。まずは九州一周で、次勇気を出して本州に行き、次勇気を出して南米に行き、そこでようやく世界一周をしようと決意を固めました。

―「自分の小ささ」とは、具体的にどういうことでしょう?

『人間が小さいと、自分が小さいことにすら気づけない。』ということですね。
野生動物の保護がしたくて大学は農学部を志したのですが、結局文系の環境系に進学しました。19歳の時自転車で九州や本州を旅行しましてね、そして沖縄県北の大東島で、サトウキビとジャガイモ収穫のアルバイトをしたんです。

そんなある日、バイトの先輩に呼びだされ……。僕はどちらかというと模範生タイプだったので褒められるかもと少し期待しましたが、『お前はクソだ!』と怒鳴られて。いろいろ理由を考えても答えは見つからず一日が過ぎました。しかし翌朝、『お前は言われたことしかやってない、自分の仕事が終わって+αをすることで初めてプロフェッショナルになるんだぞ』と同じ先輩に言われ、自分は小さいなと気づいたんです。自分が小さいときは気づけない、自分が愚かなときは『愚かだ』と気づけない、そういうことです。

―海外を旅するきっかけとなった出来事はありましたか?

日本での旅で得た、こうした出会いや気づきから、さらに旅に魅了されて、22歳のときに1年間休学して南米へ行きました。
それまで、文系なのに生物を卒論にまでテーマにするほど生物への関心も強かったのですが……。

現地の小学校や企業でこれまでの旅の話についてアフリカ、欧州で講演を行い、自分は『調査・研究』よりも、『人と接すること、表現すること』の方が得意、好きなんだなと気づいたんです。

それで、卒業後に旅に全精力を注ぐようになったのは、自分の一生が一度きりだということを自覚し、大学卒業後は即入社という暗黙のレールに違和感があり自分だからこその道を生きたい、自分の小ささを実感し成長を重ねたいから北米・南米と旅を重ねるようになりました。

人生は一度きり

―世界を旅する魅力ってなんでしょう?

自分の世界観が広がること、それに尽きます。
世界観が広がるということは、生き方の可能性が広がるということです。その中で食の可能性は広がりました。アフリカでのことなんですが、初めて食べたヤマアラシに感動しました。ヤマアラシの肉をスープで煮込んだものだったのですが、コラーゲンたっぷりでプルプルしていて最高に美味しかったです。お腹がすいていて、雰囲気の影響もあったと思うんですが、高級な牛よりはるかにおいしく感じましたよ。

どこに行っても思ったことは、人間の基本は変わらないということです。嬉しければ笑い、悲しければ泣き、誰もが悩みを抱えながら、それぞれの「幸せ」を目指して生きているということです。その点で人は食べながら話すのがとても好きで、“食”はみんなを仲良くさせる、素敵なツールだということがわかりましたね。どんなに厳しい環境でも、食事のときはみんな笑顔で食卓を囲んで食べていました。

―どんな思いで旅を続けているのですか?

人生一度きり、だったら『ちっぽけな自分だけれど、この一生はベストだった』と言って人生を終えたいという思いで旅をしています。だから、とても暑かったり、とても寒かったり、そういう厳しい時期にあえて旅をするんですが……。

アラスカでの旅はとても危険でした(命に危険が迫っていたと換言してもよいですが、死の覚悟をしたことはありません)。
マイナス40℃で初めて凍傷になって、小指以外の指が完全に凍ってしまい、手を合わせたらカツンカツンと音が鳴り、感覚がないんです。それをいきなりお湯で溶かすと細胞が死んでしまうので、はじめは水でゆっくり溶かすんですが、剃刀で削られているような激痛が走るんですよ!

それは、決して旅を目的にしているわけではなく、『死ぬときによく生きたといって死ぬこと』という最大の夢を叶えるためにしているのです。しかし最近ではそのための旅であるのですが、これからは少し旅から距離を取ろうとしています

―旅を通して考えに変化はありましたか?

すごく変わりました。厳しい場所を旅していろいろな人に会って自分が成長することは楽しかったけれど、それよりも『泣いている子供を笑顔にしたい』と思ったのです。

僕はこれまでたくさんの人に施しをもらいながら、北南米、欧州アフリカであばら骨を浮かせ路上に転がっている子たちに施すことをせずに横を素通りしてきています。特にアフリカでは、大人の起こした争いによって手足を鉈で切断され眼を潰された子たちに出会っており、その子たちを見ながら自分の中に長く積もっていた思いに向き合わざるを得ませんでした。つまり、「自分のみの成長」や「自分のみの夢」だけで果たしてよいのかという思い。人間が人間らしく生きられる世界のことを僕は「人間の夢」と呼んでいますが、自分だけの夢ではなく、それを考えなくてはならないと思ったのです。

実はヨーロッパアフリカの第2ステージが終わった後、第3ステージは両極点だったのですが、それよりも自分の精力を注ぎたい対象が現れた。それがジャーナリズムの分野です。マラリアで一時帰国をしてこれからの進路を考えているとき、手に取った難民や紛争地の写真集を見て、そこに写っている人々の顔は、僕が素通りしてきた人々の顔だと感じました。何もせずに横を通り過ぎてきた、とりわけ子どもたちを笑顔にしていきたい。自分にできることは僅かでしかありませんが、世界を少しでもよい方へ変えていくきっかけをつくっていきたいと考えています。それと、いつか素敵な家庭を築きたいですね。

世界を突き破れ!

―最後に、学生のみなさんに一言お願いします!

中途半端はよくない!もしも、学ぶ目的が見つからなくて、なぜこんなことをしているのかわからなくなったら、一旦自分のしていることを辞めて、旅にでてみてください。『いきなり世界を巡れ!』ということではなくて、まずは日常を離れてみる。できればお金のない旅がいいでしょう。

普段の生活から一歩外に出てみると、『学べることのありがたさ』や『自分がいかに恵まれているか』がよくわかります。自分が恵まれていることすら分からず、感謝もできなければ、学生という肩書を持っていても無意味だと思います。まだまだクソレベルの子ども。自分の小さな世界からぬけだして、大きな世界に出てみよう。自分の世界を突き破れ!

053限目「西野旅峰」学
Presented by 今学びたい100人の学問

 

編集後記

西野さんはあえて厳しい環境を選んで旅をしていて、自分に対してすごくストイックな方でした。1つ1つを丁寧に熱く語ってくださるので、西野さんの世界観に引きずりこまれてしまうように感じ、本当にあっという間に時間が過ぎてしまいました。特に、アラスカでのお話は、どんなものか想像したこともない体験談だったので、非常に印象的でした。
また、小学生の時から自分を持つことができ、マジョリティーの中から抜けだせていたことに驚きました。私はいまだに自分を上手く表現することができず、自分らしさがないので、西野さんのように自分らしさを出していきたいなと思いました。短い時間でしたが内容の濃いお話が聞けて勉強になりました。お忙しい中、本当にありがとうございました。

2016/9/15
福岡大学 原健介

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